新刊「権常寺(ごんじょうじ)の夏」(*^^*)

●懇意にさせていただいている神田敏晶さんが作成されたプロンプト生成プログラム「KNNタイムトラベル~あなたの青春時代が蘇る小説ジェネレーター~」でプロンプトを作成し、こんな掌編小説(ショートショート)を作ってみました。私の小学生時代の実話に基づいた作品です。生成されたプロンプトをGeminiに投入して仕上げました。イラストは、完成したテキストを基にして、Geminiとやりとりして生成しました(やりとりは2~3分)。映画化されたい方、類似の出版や自叙伝を出版してみたい方はご連絡ください(*^^*)
■小森川(こもりがわ)の夏風と、ロミオの憂鬱
自宅の玄関を出て、下駄の音を響かせながら坂道を下ると、三分もしないうちに小森川のせせらぎが行く手に現れる。
昭和四十四年、一九六九年の夏。
長崎県佐世保市権常寺町は、うだるような熱気に包まれていた。
十歳になったばかりの僕――ジュンは、泥だらけの半ズボン姿で、川辺の草むらにしゃがみ込んでいた。耳を澄ませば、どこかの家の窓から、近頃お茶の間を賑わせているコントグループの爆笑を誘う声や、テレビの歌番組から流れる昭和の歌謡曲が、気怠い西日に乗ってかすかに響いてくる。
だが、その時の僕にとって、世界はテレビのブラウン管よりも、目の前を流れる小森川の水面、そして川底に潜む「奴ら」に支配されていた。
「おい、ジュン。今日もそいつをやるんか」
背後から、少ししわがれた、しかしどこか太い声がした。
振り返ると、ランニングシャツの胸元を汗で光らせたブル公が、意地の悪そうな、けれどどこか寂しげな笑みを浮かべて立っていた。ちょっと小太りで、近所でも有名な悪ガキ。
今年の冬、僕が庭先に何日もかけて作った、自慢の雪のカマクラを跡形もなく踏みつぶした張本人だ。あの時は本気で殴り合いの喧嘩をしたが、夏になれば、こうしてなんとなく一緒にいる。それが僕たちの距離感だった。
「ああ。今日は大物がいる気がするんだ」
僕は自作の冊子をポケットから覗かせながら、自慢げに言った。
小学校の『夏休みの作品展』に出すために、画用紙を束ねて作った自由研究。タイトルは、その名も『鰻(うなぎ)の釣り方』。
仕掛けの作り方から、川のどのあたりに潜んでいるか、さらには、彼らが好む餌の種類まで、僕が実体験から得た知識のすべてを、拙い文字と色鉛筆の絵で書き殴った、僕の十年の人生における最高傑作だった。
「ふん、どうせ釣れっこないさ。それよりお前、聞いたか? 今度の土曜、京子ちゃんの誕生日会があるんだろ」
ブル公がわざとらしく、冷やかすような声を出す。
その名前を聞いた瞬間、僕の心臓は小森川の急流のように激しく脈打った。
京子ちゃん。
僕の、そしてブル公の、紛れもない初恋の女の子。
彼女の家では、自分の誕生日に同級生の女の子数人と、自分が「好き」だと思う男の子を、一位から三位まで順位をつけて招待するという、奇妙で、それでいて僕たち男子にとっては残酷極まりない恒例行事があった。
「……僕、二位だったよ。招待状、もらった」
「ちぇっ、やっぱりお前が二位かよ。俺は三位だ。ギリギリ滑り込みセーフってところだな」
ブル公は不満そうに、川面に石を投げつけた。水しぶきが、夕日に輝いて散った。
「ブル公、お前、二位になりたくて最近ずっと京子ちゃんにまとわりついてただろ。無駄だったな」
「うるさいやい! お前こそ、二位だからって調子に乗るなよ。どうせお前だって、指をくわえて見てるだけなんだからな」
ブル公のその言葉は、僕の胸の一番痛いところを正確に射抜いた。
そう、二位と三位の僕たちの前には、超えられない巨大な壁が存在していた。
それは、不動の一位――山口君の存在だ。
京子ちゃんの誕生会では、一位に選ばれた男の子だけが、特権として、彼女と畳の上で「プロレス」をすることが許されていた。
プロレス。テレビの中で力道山の後継者たちが血を滾らせ、お茶の間を熱狂させているあの肉体のぶつかり合いを、京子ちゃんはなぜか「遊び」として好んでいた。
一位の山口君だけが、京子ちゃんの手を握り、その体を抱き寄せ、畳の上を転げ回ることができるのだ。
僕とブル公、そして他の女の子たちは、その光景を部屋の隅から、ただ黙って眺めることしかできない。
山口君が本当に羨ましかった。
僕だって、京子ちゃんに触れたい。プロレスという名目でいいから、その小さな肩を抱き寄せ、彼女の髪から漂う石鹸の香りに包まれてみたい。
だが、僕の順位は「二位」なのだ。
「今年こそ、どさくさに紛れて俺がプロレスの相手をしてやるんだ。二位のお前を追い抜いてな」
ブル公は僕をライバル視する目を向け、ふいと背を向けて去っていった。
一人残された僕は、再び静まり返った小森川を見つめた。
川底の暗闇に隠れる鰻のように、僕の淡い劣等感と恋心は、冷たい水の底でじっと息を潜めていた。
■映画館の暗闇と、憧れの面影
その翌日、僕は一人で、歩いて30分ほどの国鉄早岐駅のそばにある小さな映画館の暗闇の中にいた。
お小遣いを貯めて映画を観に行くのが、当時の僕のささやかな贅沢だった。
映画館の入り口には、大ヒットを記録しているという洋画の看板が掲げられていた。
ウィリアム・シェイクスピア原作の『ロミオとジュリエット』。
映写機が回り、カタカタという静かな音とともにスクリーンに光が走る。
そこに現れたのは、息をのむほどに美しい、ジュリエットを演じるオリヴィア・ハッセーだった。
黒く艶やかな長い髪、吸い込まれそうな瞳、そしてどこか憂いを帯びた可憐な表情。
僕はスクリーンを見上げたまま、息をすることさえ忘れていた。
世の中には、これほど美しい人が存在するのだろうか。
アポロ十一号が月面に着陸し、人類が宇宙に到達したというニュースが世界を騒がせている時代だったが、僕にとっての宇宙のすべては、今このスクリーンの中で微笑む、オリヴィア・ハッセーという一人の少女の中にあった。
ふと、僕は彼女の面影の中に、京子ちゃんの姿を重ね合わせていた。
もちろん、ハーフのような容姿のオリヴィアと、東洋的な可愛らしさを持つ京子ちゃんは全く似ていない。けれど、僕にとって手が届かない、眩しすぎる存在という意味で、二人は僕の心の中でしっかりと結びついていた。
「ロミオ、どうしてあなたはロミオなの……」
劇中の切ないセリフが、字幕となって頭の中に流れ込んでくる。
身分違いの恋、許されない愛。
十歳の僕には、その悲劇の深さは完全には理解できなかったかもしれない。
けれど、僕が抱いている、京子ちゃんへの「二位」という身分制度のような片思いもまた、僕にとっては宇宙一の悲劇のように感じられた。
暗闇の中で、僕はポッケの中に手を突っ込んだ。
そこには、僕の大切なコレクションである「切手」が数枚、小さな紙袋に入って収まっていた。
見返り美人や、オリンピックの記念切手。一枚一枚、図案を眺めているだけで、遠い異国や過去の時代へ旅ができるような気がして、夢中で集めていたものだ。
けれど、どんなに珍しい切手を集めても、僕の心の中にある「京子ちゃんとの距離」を埋めるための切手だけは、どこを探しても見つからなかった。
映画館を出ると、外の熱風が再び僕を現実に引き戻した。
映画館の隣にある小さな食堂のテレビからは、当時の歌番組が流れており、爽やかな歌声が通りに響いていた。
僕はそのメロディを背中で聞きながら、トボトボと権常寺町への家路を急いだ。
僕が初めて観た映画は、数年前に連れて行ってもらった韓国映画『愛は国境を超えて』だった。
あの作品もまた、国籍という壁に阻まれた切ない男女の物語だった。
どうして僕の好きな物語や、僕の現実の恋は、いつもこうして「届かない壁」の向こう側にあるのだろう。
僕はポケットの中で、もう一つの「秘密の贈り物」に触れた。
今度の誕生日会で、京子ちゃんに渡すために、なけなしのお小遣いを叩いて買った小さな置物。
陶器で作られた、小さな「男の子と女の子がキスをしている」置物だ。
僕にはできないその行為を、せめて人形たちに託して。
それは十歳の僕なりの、精一杯の、そして誰にも言えない切ない告白の形だった。
■夕暮れの川辺、揺れる提灯
土曜日の夕方。
小森川の川辺では、地域の人々が集まるささやかな夏祭りが開かれていた。
川沿いに吊るされた赤や黄色の紙提灯が、夕闇が迫る水面に揺らめく影を落としている。
かき氷の冷たいシロップの匂いと、焼き鳥の香ばしい煙が風に乗って漂ってくる。
そのお祭りの熱気から少し離れた、静かな川辺の土手に、僕たちは集まっていた。
京子ちゃんの誕生日会は、昼間に彼女の家で執り行われ、そして夕方からは皆でこの夏祭りに出かけることになっていたのだ。
誕生日会は、案の定、僕にとって苦痛と羨望が入り混じった時間だった。
京子ちゃんの部屋の畳の上。
座布団が片付けられ、即席の「リング」が作られた。
主役である京子ちゃんは、水色のワンピースを着て、いつもより少し大人びて見えた。
そして、その隣には、当然のように「一位」の山口君が立っていた。
「さあ、山口君、いくよ!」
京子ちゃんが声を上げ、山口君の肩を掴む。
二人は畳の上で組み合い、笑いながら転がった。
山口君の手が京子ちゃんの細い腕を掴み、京子ちゃんが「きゃあ」と声を上げて笑う。
二人の髪が触れ合い、楽しそうな呼吸の音が、部屋の中に響き渡る。
僕とブル公は、部屋の四隅にへばりつくようにして、その光景をただ見つめていた。
ブル公は悔しそうに、爪を噛んでいる。
僕はといえば、胸の奥がチクチクと痛み、呼吸が浅くなるのを感じていた。
京子ちゃんに触れたい。プロレスをして、彼女の重みを感じてみたい。
だが、僕にできるのは、ハッピーバースデーの歌を歌い、あの「男の子と女の子がキスをしている置物」を、恥ずかしさに耐えながら手渡すことだけだった。
京子ちゃんは「ありがとう、可愛いね」と微笑んでくれたけれど、その置物はすぐにプレゼントの山の中に埋もれてしまった。
「……なぁ、ジュン」
川辺の土手に座り込み、流れる水を見つめていると、隣に座ったブル公がぽつりと言った。
手には、夏祭りで買ってもらったラムネの瓶を握っている。
ビー玉がチリンと涼しい音を立てた。
「なんだよ、ブル公」
「俺、やっぱり悔しいや。なんで山口なんだよ。あいつ、プロレスの時、京子ちゃんの顔の近くに自分の顔を寄せてただろ。ずるいよな」
「……しょうがないだろ。京子ちゃんが選んだんだから」
僕は膝を抱え、遠くの打ち上げ花火の音を聞いていた。
ドン、と体に響く重低音。
夜空に大輪の火花が咲き、一瞬だけ、小森川の濁った水面を極彩色に染め上げる。
その光の中に、僕の頭の中で、オリヴィア・ハッセーのジュリエットの涙が、そして京子ちゃんの弾けるような笑顔が、交互に浮かんでは消えた。
「俺さ、明日からもっと京子ちゃんに優しくするんだ。悪ガキなんて言われないようにさ。そうすれば、来年は俺が二位……いや、一位になれるかもしれないだろ?」
ブル公は彼なりに、大真面目に未来を見据えていた。
その不器用な横顔を見ていたら、カマクラを壊された恨みなんて、どうでもよくなってしまった。
僕たちは皆、同じ光を追いかける、泥だらけの迷子なのだ。
「ブル公。鰻ってさ、夜になると、川の浅いところまで出てくるんだ」
僕は突然、自分の『鰻の釣り方』の話を始めた。
「餌をね、針につけて、石の隙間にそっと落とし込んでおくんだよ。じっと待つんだ。焦って引っぱっちゃダメなんだ。奴らが食いつくまで、暗闇の中で、ただ信じて待つんだよ」
「何だよ、急に鰻の話なんかして」
「……僕たちの恋も、そんな感じかもしれないって思っただけさ」
ブル公はラムネを一口飲み、「お前、やっぱり頭が少しおかしいよ」と笑った。
けれど、その笑い声は優しかった。
遠くのスピーカーから、当時の切ないフォークソングのメロディが流れてくる。
ギターの単音と、乾いた歌声。
それは、一九六九年という激動の時代の片隅で、静かに生きる僕たち少年の心に、じんわりと染み込んでいくようだった。
■川面の光、消えぬ面影
夜が更け、夏祭りの提灯の光が一つ、また一つと消えていく。
京子ちゃんたちは、親たちに連れられて、一足先に帰路についていた。
僕とブル公は、冷たくなり始めた土手の芝生の上に、いつまでも座っていた。
「ジュン、来年の夏も、ここで鰻釣り、やるよな」
「ああ、もちろんさ。もっと大きな仕掛けを作って、図鑑みたいな冊子をまた書いてやる」
「その時は、俺も手伝ってやるよ。カマクラを壊したお詫びにな」
ブル公は照れくさそうに頭を掻き、立ち上がった。
「じゃあな、また明日」と言って、彼は暗闇の中に消えていった。
静まり返った小森川。
僕は一人、ポケットから、今日のために特別に持ってきた一番お気に入りの切手を取り出した。
それは、美しい外国の風景が描かれた、青い切手だった。
僕はその切手を、そっと川面に浮かべてみた。
水に濡れた切手は、夏の夜風に押され、ゆっくりと、しかし確実に、下流へと流されていく。
まるで行き先のない、僕のラブレターのように。
京子ちゃんへの、届かない想い。
山口君への、果てしない羨望。
そして、スクリーンの中にだけ存在する、オリヴィア・ハッセーへの淡い憧れ。
それらすべてが、昭和四十四年の、ぬるい夏の夜風の中に溶けていくようだった。
僕は川辺に立ち上がり、夜空を見上げた。
まだ見ぬ未来に向かって、世界は目まぐるしく回っている。
けれど、この小森川のせせらぎと、泥の匂い、そして胸を締め付けるような切なさは、きっと大人になっても、僕の心の中に残り続ける。
「京子ちゃん、誕生日おめでとう」
誰もいない川辺で、僕は小さく呟いた。
僕がプレゼントした、男の子と女の子がキスをしているあの置物は、今頃、彼女の部屋の片隅で、どんな夢を見ているのだろうか。
流れる水は二度と戻らない。
けれど、あの日、僕たちが確かにそこにいて、誰かを不器用に、けれど全身全霊で愛おしいと思っていたことだけは、この川底の泥の中に、今も深く、優しく刻まれている。
※自叙伝やエッセイ、絵本など書籍の出版を検討してみたい方はこちら(↓)からどうぞ。
(文責:堀 純一郎=HORI PARTNERS代表)